tawara's blog

雑記。個人の見解です。

「死刑にいたる病」を読んだ

悲鳴なような文章、という文章がよかった。主人公が自らの家庭事情を一気に文章にしたためる場面だ。体の内側から溢れ出す怒りや悲しみを推進力に、荒々しく言葉を叩きつけて文章を書いているさまが想像出来る。

 

死刑判決を待つ史上最大の連続殺人犯からの手紙を大学生の主人公が受け取ることから物語がはじまる。連続殺人犯はティーンエイジャーの少年少女を周期的に、一定期間拷問後に殺害する秩序型のサイコパスだが、成人した女性を乱暴に殺害した1件も彼の犯行と立件されていた。あれはボクじゃない、真相を解明してほしい、と殺人犯に言われた主人公は、高校生活で挫折を味わい、周囲に見捨てられている自分に優しい彼の言葉につられて調査に出かける。

 

 

果たして最後の犯行は彼ではないのか?そうであれば真犯人はだれだ?そして殺人犯の本当の目的とは?

 

 

このあたりの問題の真相を知りたくて読者は読み進めることになる。実際すいすいと読めた。

 

 

本書のテーマのひとつはマインドコントロールだ。殺人犯は刑務所のなかから人間を動かす。それも服従させられた人達が自ら進んで服従するように準備をしている。そのせいで、自分の意思で選んだ、とみせかけられている判断の醜悪な結果の責任を負い、罪悪感に苦しむことになる。卑劣な行為だと思う。

 

 

ただ相手を自分の意のままに動かすこと、しかもそれを相手が自ら望むように仕込むこと、それ自体の心地良さは理解できる。それがただ自己の醜い欲求のみを満たす場合は悪となるのだろうと思う。このテーマは中村文則「掏摸」とかで言及されていたと思う。

 

一方でHUNTER × HUNTERのジンも「獲物が予想通りに動くことこそ、ハンター冥利につきる」と言っていた気がするので、ようは、その能力の使い方なのかと思う。プロダクト開発も小説書くのも、受け手をそれとなくある場所まで導く行為なのだから。

 

amzn.to

 

(了)